NHKドラマ「その街のこども」で森山未來とサトエリが潜り抜けたガードがある阪神西灘駅の北側に「西灘デルタ」というエリアがある。震災前はこの三角形の街区に小さな商店が集まっていた。一番駅寄りの三角形の鋭角部分にあった居酒屋「百万両」はその極小さゆえに中がどうなってるのかさっぱり想像がつかなかった。国道2号沿いには狭い店内に生鮮品からお菓子などがみっしりと陳列され、まるで宇宙ステーションの船内のような「正直屋」、摩耶埠頭に上陸したソ連の船員が散髪に来る理容「コロナ」、そして一軒居酒屋を挟んで中華「豚珍漢」。ここで木曜日の塾の帰りにザ・ベストテンの沢田研二を見ながら食べたレバニラ炒めを超えるレバニラ炒めに未だ出会ったことがない。
なんといっても西灘デルタで小学生の頃の僕が夢中になったのはカップヌードルの自動販売機だ。ボタンを押すとカップヌードルがストンと落ちてきて、門松の竹みたいに先が斜めに切り落とされた鉄のパイプが蓋にブスッと突き刺さって給湯されるという一連のシークエンスに釘付けになった。自販機に内蔵されていたフォークで食べるワクワク感も相当だった。しかし小学生にはカップヌードルは高くて買えない。僕は自販機の前でひたすらカップヌードルを買う大人を待ったが誰も買わなかった。いつのまにか自販機はデルタ地帯から消えていた。
震災後、西灘駅は新しい駅になり昔の面影はない。西灘デルタの店々もなくなった。でもこの道を通るたびにカップヌードルが食べたくなるのは今でも変わらない。
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【その街のおとな01】カーテンカーペットの蝶屋
震災後に変わった風景を巡る「その街のおとな」1.17までの短期企画です
よく晴れた冬の日曜日。
まだ眠い頭に響くにぶいプロペラ音とともに一機のセスナが飛来して灘上空を旋回しはじめる。と、その刹那、ピッチが不規則に揺れる女性の声。いまはほとんど遭遇することもなくなったセスナ広告だ。
「センターセンター互助センター・・
冠婚葬祭互助センター・・
結婚式は玉姫殿・・・」
ドップラー効果で最後の「玉姫殿」はオッさんの声に変わるのも不気味だった。今でも青い空を見上げるとあの不思議なアナウンス(いや、プロパガンダと言ったほうがいい)を思い出す。万人に等しく降り注ぐ天の声は日曜の平和な空に実によく似合う。今ならすぐに通報されるかもしれない。このころはまだ街にのんびりとした許容力があったのかもしれない。
「灘・・・水道筋1丁目・・
カーテンカーペットの店・・蝶屋・・・
オーダーカーテン全品2割引・・・大好評~」
カーペットの広告を空から行うという大胆な店「蝶屋」は水道筋1丁目にあった。
灘フォント界で蝶屋バタフライ体と呼ばれる明らかに異界感が漂う印象的なロゴは、震災後しばらくして店名が変わり、どこにでもあるようなパソコンフォントに変わってしまった。そして、ユーミンの『コバルトアワー』のイントロとビートルズの『Lucy in thesky with Diamnds』を同時に聞いてしまったようなトリップ感のあるプロパガンダセスナももう聞こえてこない。