33年前のロサンゼルスオリンピックの年、5月のどんよりと曇った日だったと思う。
「松蔭に可愛い子がおるねん。知っとお?」
西灘楽天地の「モスバーガー西灘店」で学校をサボっていた時、友人から聞かれた。
「いや」
学校までの長い坂を登る気力も知力も体力も消え失せていた僕は、そんなことは
どうでもよかったが、友人と別れたあと、当時松蔭生がよく立ち寄った阪急西灘駅
東口の「あんどれ」を覗いてみた。
もちろん、その可愛い子はいなかった。というよりどんな顔かも知らない。
駅には張り紙があった。
「6月1日から阪急西灘駅は阪急王子公園駅に変わります」
顔もわからない松蔭生より、そっちの方が気になった。
5月31日、珍しく学校に行ったあと、坂を下り今日で最後という阪急西灘駅に向かった。
なんとなく「阪急電鉄 西灘 59−5-31」と刻印された入場券を買ってから、
ふと「あんどれ」を覗いた。
もちろん彼女はいなかった。
見知らぬ松蔭生は西灘駅が王子公園駅に変わるのと時を同じくして東京へ旅立った。
彼女が「南野陽子」としてデビューするのはちょうど1年後だった。
そして今日、2系統のバス道沿いの骨董店で33年ぶりに西灘駅を手に入れた。